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zoom RSS 岸田 秀――我が青春のアイドル 

<<   作成日時 : 2008/04/22 22:22   >>

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 先日「つき指」さんからトラックバックして頂いたときに、岸田秀のことを思い出した。岸田秀こそ、私が20代から30代にかけて、常に尊敬と憧れをもって読み続けてきた学者だった。

 岸田秀は心理学者・精神分析学者で、長く和光大学教授を務めた後、現在同大学名誉教授となっている。岸田氏の場合は、そんな肩書きよりも、「唯幻論」の創案者・提唱者であり、「ものぐさ精神分析」を始めとする数多くの本の著者であることの方が有名で重要だろう。

 私が初めて岸田秀の著作を読んだのは、80年代の初めで、大学の2、3年ごろだったと思う。当時心理学に興味があった私は「青年心理学」という授業を取り、課題のひとつとして本を読んでレポートを書いた。

 その時書籍リストにあった中から、小此木啓吾の「対象喪失」と福島章の「犯罪心理学入門」を選んだのだが、この「対象喪失」には度肝を抜かれた。それまであんなに衝撃を受けた本はなかったと言っていい。

 それまでの私の目は節穴も同然だと思った。同じ風景、風俗を見ていながら、ここまでの鋭い分析、思索ができるということに、世界観が変わるほどの衝撃を受けた。大学時代、真のインテリジェンスに触れた経験の原点はここだったと思う。

 それまでは、フロイトやユングや一般的な心理学の本を読むのに止まっていたのだが、その後小此木の「モラトリアムの時代」などの著書、土居健郎の「甘えの構造」、国分康孝の「自己分析を語る」などの著書、そして、岸田秀の「ものぐさ精神分析(正・続)」へと広がっていった。

 そして、岸田秀の「ものぐさ精神分析」を読んだ時の感動、衝撃は、「対象喪失」をも上回るものだった。この小文集を読み進めて行くに従って、その発想と分析の卓抜さに感嘆し、目からウロコがボロボロ落ちる思いだった。ほとんど崇拝者になったと言っていい。この中公文庫の2冊は私にとっての聖書であった。

 彼の理論はフロイトから出発しているとはいえ、「人間は本能の壊れた動物である」や「人間の本能の代わりをしているのが共同幻想である」という彼のオリジナルな「唯幻論」は、人間の性格や行動を明快に解明していたのみならず、国や社会や歴史、風俗をもターゲットにし、快刀乱麻とも言うべき切れ味を発揮して理論に破綻がなかった。

 「人間は本能だけに従っていたのでは、個体保存はおろか種族保存すら可能でない」

 「恋愛と結婚と生殖とエロス。この四つは本来何の関係も無いもので、恋愛結婚というのは、水と油を混ぜたような、非常に無理な概念なんです」

 といったような言葉を当時ノートに書き出していた。

 その後は岸田秀の著書が出るたびに購入し、たぶん80年代から90年代半ばまでは、私のアイドルであり続けた。尊敬する人のベスト3には、必ずこの人が入っていたと思う。

 その後、私は仕事上で疾風怒涛の時代を経験し、岸田秀の著書からは、遠ざかっていた時期があった。そして、再び彼の著書を読んだのは、昨年のことだった。

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 「日本がアメリカを赦す日」である。当時私は、森永卓郎の「平和に暮らす、戦争しない経済学」から、ビル・トッテンの「日本は略奪国家アメリカを棄てよ」、ベンジャミン・フルフォードの「暴かれた闇の支配者の正体」などを読み、日米関係の隠された姿を憂慮し、その周辺の本を読み漁っていた。

 森永氏、トッテン氏、フルフォード氏の著書は、水爆級の衝撃を受けた本であったが、岸田氏の本もまったく遜色なかった。得意の精神分析の手法を用いた分析は、正に正鵠を射るものだった。

 アメリカと日本の意見の食い違い、すれ違いはなぜ起こるのか、この本を読めば本当に深く理解できるし、アメリカと日本の建国の秘密を知れば、驚嘆の事実が明らかになる。また、憲法第9条の問題や愛国者教育の問題にまで踏み込み、鮮やかな解決策を提示してくれている。そのへんの政治家などは、足元にも及ばないだろう。

 岸田秀のすごいところは、あらゆる時代、地域のあらゆる問題を、精神分析と「唯幻論」を用いて明快に分析して見せ、それがどんな専門家の分析よりも正しく思えるところである。

 心理学や精神分析は仮説であり、科学的に証明されている訳ではない。しかし、岸田秀の論ずる通りに物事が進んでいくように見えるのは、この20年以上まったく変わっていないし、岸田秀が日本の貴重な「知」の一人だということは、論を俟たないだろう。

 ちなみに「ものぐさ精神分析」の初版は77年であるが、アマゾンの文庫版のレビューは、発刊からすでに30年が経っているのに、ほとんどが絶賛の嵐である。岸田氏の理論が、いかに普遍性のあるものかがわかると思う。

 「日本がアメリカを赦す日」は英語にも翻訳され、アメリカでも出版されたそうである。日本人とアメリカ人の双方がこの本を読み、お互いを深いところで理解し合うことができれば、世界はもう少し良いものになるだろうと思う。

 「日本がアメリカを赦す日」 タイトルはあまり感心しないが、内容は素晴らしいものだということを保証しよう。

 
 

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
ちょっと長めのコメント書いたら、500字以内にせい、とブログに怒られてしまったので、分割の前編。

−−−− ここから前編 −−−−

 小此木啓吾かあ...読んだなあ、「モラトリアムの時代」。でも、途中で読むのをヤメた記憶が...(苦笑。「モラトリアム人間」なんて言葉が、流行ったよね。
 そして、国分康孝...国分先生かあ、懐かしい。私が学生の頃、私の出身校で教職課程の「教育心理学」の講義をされていて、それがあまりに面白かったので、わざと2回落として、計3年間、同じ講義を聴きいたっけ。我ながら馬鹿だよね。そんでもって、今じゃ中身を全然、憶えてないや(滝汗。たしか、カウンセリングの話が主だったかなあ。きっと、意識になくとも、私の血となり肉となって、体のどこかに残っているに違いない(と思いたい)。
FPF
2008/04/23 02:04
ちょん切った後編

−−−− ここから後編 −−−−

 憶えていることと言えば、その講義は出席を取らない代わりに出席カードと称する紙切れを先生が毎回配って、最後のテスト代わりのレポートにそれをまとめて貼り付けて出し、出席回数をアピールするという方式だったのだが、3年目の講義で、その紙をもらおうとしたら、「君はレポートだけ出せば、もう出席(回数)はいいから。」と国分先生に直接、言われてしまったことがあった。私は教壇に立ったことがないけど、大きな講義室で百人もいる学生の顔を、いくら3年もいる変なヤツであっても、よくも覚えているものだと感心(覚えててもらって感激?)したっけなあ。

 あれ、えらく趣旨はずれなコメントになちゃったかな。
岸田秀、今度、見つけて読んどきます。
FPF
2008/04/23 02:10
そう言えば、国分先生は当時R大だったね。とてもいい人という印象だった。国分先生の本にはお世話になったし、私のバックボーンの一部を確実に構成していると思う。「範は陸幼にあり」も名著だった。
私も実は土居健郎先生のクラスを取った。学者タイプの人で、ぽつりぽつりと話す人だったけど、研究と教養が滲み出ていた。気合を入れてレポートを書いて、心理学専攻の友人も取れなかったAをもらった記憶がある。他はしょうもなかったけど。
エスカルゴ
2008/04/23 22:30
 お薦めの本ネットで買い求め、今朝、届きました。

 「つき指の読書日記」は下記の方へ移設しました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

   http://plaza.rakuten.co.jp/tukiyubi1
つき指
2008/04/26 17:33
「読書日記」拝見しました。凄い読書量ですね!また、その内容が非常に濃い!私も参考になりますし、福田和也、田口ランディ、奥田英朗などは、私もかなり好きな作家です。
土屋賢二の本やマキノ雅彦の映画は、是非見たいです!
日米関係に興味がお有りなら、この記事に書いた森永、トッテン、フルフォードの本は必読だと思いますよ。絶対凄い衝撃を受けます。
また、こちらこそよろしくお願い致します。
エスカルゴ
2008/04/27 02:45

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